ラスベガスが砂漠の中心部であるのに、巨大なカジノとホテルの街として発展した背景には何があるのでしょうか?これにはいくつかの重要な要因が重なり合っています。
ギャンブルの合法化 – 経済復興策
ラスベガスが発展する最初の大きなきっかけは、1931年のギャンブル合法化でした。
- 大恐慌への対策: 1929年の世界大恐慌でアメリカ経済が低迷する中、産業基盤の乏しかったネバダ州は税収確保のために苦肉の策としてギャンブルを合法化しました。
- 差別化戦略: アメリカの他の州ではギャンブルが禁止されていた中、ネバダ州はこれを合法化することで独自の経済発展の道を選びました。
「1つ目のターニングポイントは、1931年に起こった。ギャンブルの合法化です。1929年の大恐慌により落ち込んだ経済を立て直す手段として、さしたる産業の無かったネバダ州は税収確保の為にギャンブルを合法化しました」出典: 成蹊大学ゼミ論文
フーバーダムの建設 – 電力と水の供給源
ラスベガスの発展に不可欠だったのが、1935年に完成したフーバーダムです。
- 電力供給: 膨大な電力を消費するネオンやホテル、カジノの運営に必要な電力を供給
- 水資源: 砂漠地帯であるラスベガスに安定した水を供給
「なぜフーバーダムが重要かというと、電気の供給にあります。フーバーダムがこの地に建設されなければ、湯水のように電気を消耗するきらびやかな繁華街は生まれませんでした。スペースシャトルから夜の地球を見下ろしたとき、最も明るい場所がラスベガスだといいます」出典: YUMS-TA ブログ
地理的要因と交通の発展
- 鉄道の駅: 元々ラスベガスは東海岸からロサンゼルスへ向かう鉄道の中間地点として発展しました。
- ロサンゼルスからのアクセス: カリフォルニア州の大都市ロサンゼルスから車でアクセス可能な距離にあり、週末の娯楽地として人気を集めました。
離婚法と滞在客の需要
ラスベガスの発展には、意外な要因も関係していました。
- 簡易離婚法: ネバダ州は一定期間滞在すれば簡単に離婚手続きができる法律を制定し、多くの人々を呼び込みました。
- 滞在者の退屈解消: 「一定期間が暇なんだけど…」という離婚手続きのための滞在者の声から、カジノの需要が高まりました。
「1931年ネバダ州議会は街の復興のために苦肉の策で、一定期間滞在すれば、離婚手続きが簡単にできるという法律を作りました。アメリカは州によっては離婚できない地域がありますので、たくさんの人が集まり始めました。そして集まってきたお客様が言い出しました。「一定期間が暇なんだけど・・。」ここでカジノの誕生です」出典: GENちゃんブログ
マフィアの影響と後の浄化
- マフィアの投資: 1940年代、ギャング・ベンジャミン(バグジー)・シーゲルをはじめとするマフィアが巨額の資金をラスベガスのカジノ建設に投入し、発展の基礎を築きました。
- クリーン化: 1960年代後半、州政府はマフィアの影響力を排除するための法整備を進め、合法的で健全なエンターテイメント都市としての基盤を確立しました。
エンターテイメント都市への転換
- テーマパーク化: 1970年代以降、単なるカジノの街からエンターテイメント都市へと転換
- 家族向け施設: 大人だけでなく家族で訪れることができるアトラクションや施設の充実
「ただ成功していくホテルを真似するだけでなく、それぞれのホテルがオンリーワンを目指して試行錯誤し、独自性を探り当てたことにより、そのホテル自体が大きなアトラクションになった」出典: 成蹊大学ゼミ論文
まとめ
ラスベガスがホテルとカジノの街として発展したのは、単なる偶然ではなく、厳しい環境を克服するための様々な戦略と歴史的要因が重なり合った結果です。特に以下の要素が重要でした。
- 法的環境: ギャンブル合法化による独自の経済基盤の確立
- インフラ整備: フーバーダムによる電力と水の安定供給
- 交通の利便性: 鉄道と自動車での好アクセス
- 継続的な進化: ギャンブルの街から総合エンターテイメント都市への発展
「何よりも砂漠の中の「不夜城」といわれているラスベガスは、アイディアによってそれを補い、現在では、アメリカでも有数の観光州としての地位を確立した」出典: PLANS写真集
ラスベガスはまさに、不利な自然環境と経済的困難を逆手にとって、独自の発展を遂げた都市の代表例といえるでしょう。
